化学物質を含有する製品を日本から中国に輸出する企業は、様々な法令をチェックすると思います。どのような法令チェックが必要なのでしょう。日本側の輸出法令と、中国側の輸入法令に大別されます。前者は輸出国に左右されず必要となるチェックです。主な日本の輸出に係る最も重要な法令は、おそらく外為法ではないかと思いますが、当講座では割愛します。
では、中国ではどのような法令を重点的にチェックすべきなのでしょう。
日本の化学関連法令は、化審法、安衛法、毒劇法、PRTR法、消防法、外為法などが主だった要チェック対象法令に該当します。対して中国では、新化学物質環境管理弁法、危険化学品安全管理条例、易制毒化学品安全管理条例、対外貿易法、中国RoHSなどと思われます。
第一回目は、中国新化学物質環境管理弁法を解説します。
I.中国新化学物質環境管理弁法(日本の化審法に相当)、中国REACHとも略されています。
既存化学物質名簿は中国現有化学物質名録(以下IECSC)¹です。2015年に増補された名簿がWeb上からダウンロードできます。4000ページを超える巨大なPDFですので、検索には時間がかかるため、使い勝手はよくありません。しかし、Chemlinked Japan(本サイト)ではIECSCがWebデータベース化されているため、検索の使い勝手が大幅に向上しています。
まず、化学品を中国に輸出する際、IECSCでCAS番号を検索します。ここでヒットすれば中国国内において既存化学物質です。次の危険化学品安全管理条例等のチェック作業に入ります。しかし、もし見つからなかった場合は、その化学物質は新規化学物質(中国語では新化学物質)に該当すると考えるべきです。例外として、新化学物質申請事業者が、非開示として登録されている化学物資にはCAS番号が流水号(シリアル番号)で置き換えられていることがあります。その新化学物質(通常)を製造輸入者にしか確認が取れない場合があります。物質名からも判定することも可能ですが、日本語化学名、中国語化学名、英語化学名がそれぞれ複数の名称を持つため、CAS番号が非開示の物質の該非判定はかなり難易度が高い作業と言えるでしょう。最終判定は中国環境保護部に確認してもらうのが良いと思われます。中国環境保護部の検索有料(3,000元/物質)のサービス²を利用することができます。責任主体の中国当局の判別結果が得られます。日本のような玉虫色の回答はありません。
日本の場合は、ENCS(化審法既存化学物質名簿)とISHA (安衛法公表化学物質名簿)の二種類の名簿を必ず確認する必要がありますが、中国では一種類の名簿しかありません。むしろ、二種類の名簿が存在する日本が特殊です。最近ではNITE CHRIPなどのWeb検索データベースを使えば、CAS番号と、MITI番号(通称化審法番号)及び安衛法官報公示整理番号を一度に確認することができます³。注意すべき点は、CHRIPの検索サイトに収録されている化学物質すべてが既存化学物質ではありません。NITEとして確信が持てない場合には、これらの番号は空欄のままです。すなわち新規化学物質の可能性が残っているという意味合いを持ちます。該非の最終判定は事業者側で行うとする考え方で、NITE(経産省、厚労省)としては判定を避けている物質群です。これらの少なくともひとつが未確認(空欄)の場合には、新規化学物質として製造輸入には申請手続きが必要になる場合もあります。経産省に問い合わせても白黒つけた回答は得られませんのでご注意ください。これは海外の法制度から見ると極めて異質の制度です。判定責任は事業者側です。
さて、中国の場合は、IECSCに収載されていない化学物質は中国新規化学物質であると割り切っています。実に明確です。判定に悩む必要はありません。ただし、IECSCに収載されている既存化学物質数は約4万5千物質ですので米国TSCAインベントリー(約8.6万物質)などと比較しても少ないと思われます。ゆえに今後も日本や欧米企業にとっては、中国での新規化学物質に遭遇する機会は多そうです。
《日本企業がハマりやすい悪あがき》
IECSCに収載されていない化学物質を、中国でインターネット販売されていることを見つけ出し、もしかしたら既存化学物質ではないかと勝手に期待してしまうこと。これは悪あがきです。CAS番号をインターネット上で検索するだけで中国新規化学物質が複数の中国事業者から販売されていることを簡単に見つけ出せます。アリババなどのサイトからでも簡単に見つかります。よって、その物質は中国の既存化学物質であろうと期待をもってしまい、無意味な調査にさらに時間を費やしてしまいます。実はその中国国内販売会社の多くは、単にカタログとして載せているだけで実際には製造実績のない、もしくは試薬屋として中国外から仕入販売しているケースがほとんどです。おそらく中国を経由しない物流ルートで販売するため、中国新化学物質でも取り扱うことができると思われます。新しい見込み顧客を発掘するツールとして掲載している広告のようなものです。深入りしても時間の無駄です。IECSCに収載されていない物質は新規化学物質として、日本からの輸出を諦めるか、もしくは粛々と新化学物質として申告する準備作業に取り掛かりましょう。中国企業は日本の企業より、はるかに商魂たくましいのです。
《中国新規化学物質を輸出しなければならなくなった時の注意点》
EU REACH規則をベースにしていますので、新規化学物質は成型品/アーティクル(中国語では物品)では免除対象となります⁴。よって、物品として供給すれば新規化学物質の輸出問題をクリアできると考える企業さんも多いかと思われます。日本の化審法も同様です。すなわち、日本では、店頭で小分けされている一般消費者向け製品(消しゴム、顔料入り合成樹脂塗料など)は化審法の適用を受けない⁵ため、成型品(物品)として中国へ新化学物質を輸送しようとすることを考えるかもしれません。しかし、中国REACHでは日本化審法と考え方が一部異なります。成型品/アーティクル(物品)中の新化学物質が意図的に環境に放出される場合、中国REACHが適用されます。具体例として、香料、インクジェットプリンターインキカートリッジ、消臭剤などは、成型品(物品)とも受け取られそうですが、意図的に環境に放出されるため、成型品/アーティクル(物品)として中国へ輸出しても違反すると考えられます(根拠:中国REACH 第二条⁶)。
中国REACHの罰則は厳しく、製造輸入者のみならず、使用者にも罰則が適用されますので影響範囲は極めて大きくなります。自動車業界、電気業界など裾野が広いユーザーを抱えている場合には特に注意が必要です。
《新規化学物質の製造輸入数量年度報告義務》
中国特有の制度として、新規化学物質の製造輸入数量を毎年1月中に報告する義務が発生します。中国では報告を怠った場合には、企業名がWeb上で公開されます。報告義務を繰り返し怠った場合には、最悪製造輸入の許可を取り消しされます。毎年忘れずに行いましょう。ちなみに、日本では一般化学物質が製造輸入数量の報告対象であり、新規化学物質は報告対象外です。
蛇足ですが、恐らく世界一既存化学物質数の多い国地域は、台湾でしょう。約10万物質と言われています。日本では、化審法番号数のみを既存化学物質数と称していますので、2万数千物質しかありません。CAS番号ベースでは数倍に膨れ上がるはずですが、国はCAS番号ベースでの既存化学物質数を一切明言していません。ちなみに著者調べでは、CAS番号ベースで約7万物質でした。
中国国内では、Googleが機能していませんので中国国内の情報収集には”百度”検索サイト⁷を使用しましょう。中国語の入力方法は、いったんGoogle翻訳⁸を用いて、日本語を簡体中文に変換した後、百度サイトの検索窓にコピペして検索を実行しましょう。Googleではお目にかからない情報もヒットします。
<参考資料>
今さら聞けない中国向け化学品輸出(シリーズ1・新規化学物質)